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東京家庭裁判所 平成元年(家)1616号 審判

申立人 遠山賢一 外1名

事件本人 秋野典子 外1名

主文

事件本人秋野典子を申立人遠山賢一及び同ロリー・パーカッドの特別養子とする。

理由

1  申立人ら両名の本件申立の趣旨は、主文同旨の審判を求める、というにある。

2  申立人ら両名及びA(申立代理人)の各審問の結果、家庭裁判所調査官○○作成の調査報告書その他本件一件記録及び当庁昭和63年(家)第8928号養子縁組許可申立事件記録によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  申立人遠山賢一(昭和22年1月20日生。以下「賢一」という。)と同ロリー・パーカッド(連合王国国籍、1946年9月30日、同国内チェーシャー・ストックポート市にて出生。以下「ロリー」という。)は、昭和53年(1978年)7月17日に我国で婚姻届出をし、以来引き続き我国内に住所を有する夫婦であるが、子供にめぐまれなかったため、乳児を引き取り自己の子として育てたいとの希望を有するようになり、仕事上の縁でロリーがその存在を知った「神の愛の宣教者会」(キリスト教の信仰に基づきマザー・テレサがカルカッタ市内で始めた活動を基礎として組織された修道会である。東京都足立区西新井本町3丁目5番24号に我国における主たる事務所を有する。その宗教的審仕活動の一環として、婚姻外の関係から妊娠した不幸な女性を保護し、無事な出産を援助することを行っている。以下「教会」という。)にその斡旋方を依頼していた。

(2)  事件本人秋野芳子(昭和24年10月21日生。以下「芳子」という。)は、勤務先の男性と関係して妊娠したため、その取扱いに困惑し、地元の福祉事務所の紹介で昭和63年3月から教会の保護を受けるようになり、同年4月25日、近所の医院において事件本人秋野典子(以下「典子」という。)を出産した。芳子と典子の血縁上の父との間には婚姻関係はなく、典子に対する認知はされていない。芳子は、出産後しばらくは教会内で典子を養育していたが、教会側の勧めに従って典子を養子に出すことを決心し、教会から紹介された賢一及びロリーを典子の養親とすることを承諾した。

(3)  賢一及びロリーは、教会から母親に育てる意思のない子がいるとの連絡を受け、昭和63年6月18日、生後2箇月に満たない典子を引き取り、以後12か月を超えて現在に至るまで肩書地において同女を事実上監護養育している。

両人は、当初は典子との普通養子縁組を希望し、昭和63年7月29日、その旨の申立てをした(当庁昭和63年(家)第8928号)が、その後、典子を特別養子とすることをむしろ希望するようになり、平成元年2月17日に至り、本件申立てに及んだ。

(4)  芳子は、上記の賢一及びロリーの意向を受けた本件申立代理人A弁護士の説明を了解の上、平成元年2月8日付の典子を賢一及びロリーの特別養子とすることに同意する旨の特別養子縁組同意書に署名押印して同弁護士に送付し、同書面が本件申立書に添付されていた。芳子は、典子を賢一らに引き渡した後は、肩書の最後の居所として記載した簡易ホテルを主たる宿泊所とし、ときどきは上記教会に出入りしていたが、生活も不安定で所在も必ずしも明らかでなかった。その間、同年7月4日には本件特別養子縁組に対する真意を確認すべく教会内で接触した当庁家庭裁判所調査官に対しては、不同意の意向を表明したこともあったが、その後の同年8月4日には、教会内で会見したA弁護士に対しては、落ち着いた態度で、同年2月8日付の上記同意が真意に基づくものであることを確認し、家庭裁判所調査官に対してした反対の意向表明は一時の気の迷いであるから気にしないでほしいとの内容の報告書を自書し、これに署名押印して交付した。その後、芳子は、上記簡易ホテルを引き払い、現在ではその所在を確認することができない状態である。

(5)  賢一は、現在、内外の企業情報の提供を目的とする会社を主宰し、ロリーは育児のかたわら、語学を教えるなどして、それぞれ相応の収入を得ており、経済的には安定しており、また、典子を養育する生活環境にも問題はない。そして、賢一及びロリーは、愛情をもって典子の養育監護に当たっており、典子は、以上のような環境のもとで順調に成長している。

3  本件は、日本国籍を有する養父(賢一)及びその妻である連合国籍を有する養母(ロリー)と日本国籍を有する養子(事件本人)との渉外特別養子縁組成立の審判を求めるものである。そして、当事者のすべてが我国に住所を有している本件にあっては、我国の家庭裁判所に国際裁判管轄権があることは明らかである。

ところで、渉外養子縁組の実質的要件については、養親となるべき申立人と養子となるべき事件本人のそれぞれにつきその本国法に準拠しで判断されることになるから(法例19条1項)、本件のロリーと典子との関係においては、養親については連合国法が、養子については日本法がそれぞれ適用されることになる。そして、英国養子法によると、養子縁組は養子をとる者の申請により権限ある裁判所のする養子縁組決定により成立し(12条)、養子縁組決定は、児童(養子となる者)が、少なくとも出生後12か月を経過した者で、決定に先立つ12か月の間継続して申話者ら又はそのいずれかと同居していたものでなければ、これを行うことはできず、また、裁判所は、児童が申請者らと家庭環境のなかで共にいることを十分に観察する機会が当該家庭の存在する地域を管轄する地方当局に与えられていたと認める場合を除いては、養子縁組決定をすることができない(13条(2)、(3))ものとされているところ、上記養子縁組決定の性質及び地方当局による観察が要求される目的に照らすと、上記養子縁組決定は、我国の家庭裁判所がする特別養子成立の審判をもって、地方当局の観察は、我国の家庭裁判所がする民法817条の8に基づく特別養子縁組審判前の監護(期間は上記英国養子法の親定により12か月となろう。)の状況の考慮をもって、それぞれ代えることができるものと解される。

そこで、上記認定の事実関係に基づき検討するに、実母である芳子の前記のような現状に鑑みると、同女による典子の監護は、著しく困難な状況にあることは明らかであり、かつ、芳子は現在において本件特別養子縁組につき同意をしているものと推認されるものというべきである。そして、賢一及びロリーと典子との親子関係は、これまでの12か月を超える養育監護の実績により既に安定し、両名の養親としての適格性には問題がない。更に、本件特別養子縁組は上記の連合国法及び日本法の定めるその他の特別養子縁組の諸要件をも充足しているものということができる。したがって、本件特別養子縁組は、典子の利益のため特に必要があると認めることができるから、これを成立させるのが相当である。

4  よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 田中壯太)

〔参考〕イギリス1976年養子法(抄)

第12条 養子決定 Adoption orders

(1) 養子決定とは、養親の申請によって、児童に関する親としての権利、義務 parental rights and duties を養親に与える決定であって、権限ある裁判所によってなされるものをいう。

(2) 養子決定は、決定がなされる前の期間に関する限り、親としての権利、義務に影響を及ぼすものではない。

(3) 養子決定をすることにより

(a) 児童に関する親としての権利、義務で

(i) 決定直前児童の親又は後見人 guardian であった者(養親の1人でない)に与えられており、又は

(ii) 裁判所の決定によって他の者に与えられているもの、及び

(b) 協議 agreement又は裁判所の決定によって生ずる金銭支払payments義務で、決定後の期間の児童の扶養 maintenance に関するもの、その他親としての義務に含まれ且つ決定後の期間に関するもの

は総て消滅する。

(4) 第3項(b)号の規定は、協議により生ずる義務で

(a) 信託を設定するもの constitutes a trust

(b) 養子決定により消滅しない義務として明白に規定されているもの

には適用されない。

(5) 養子決定は、現に婚姻し又はすでに婚姻したことのある児童については、これを拒否することができる。

(6) 養子決定には、裁判所が適当とする thinks fit 条件 terms and conditions を付することができる。

(7) 養子決定は、児童が既に養子決定を受けていても、これをすることができる。

第13条 決定前における児童と養親との同居 Child to live with adopters before order made

(1)

(a) 申請者又はその1人が、児童の親、継親 step-parent もしくは親族 relative であり、又は

(b) 児童が養子斡旋機関によりもしくは高等法院の決定に従って申請者の下に措置 place されていた場合は

養子決定は、児童が少くとも(生後―訳者注)19週間経っており、且つ(決定の―訳者注)前13週間引き続いて at all times 申請者又はその1人と同居していたときでなければ、これをしてはならない。

(2) 第1項の適用がない場合には、養子決定は、児童が少くとも(生後―訳者法)12ヶ月経っており、且つ(決定の―訳者注)前12ヶ月間引き続いて申請者又はその1人と同居していたときでなければ、これをしてはならない。

(3) 養子決定は、児童を申請者の下で視察し、又は婚姻した夫婦による申請の場合は、その夫婦を共に、家庭的環境 home environment で視察する to see 充分な機会が

(a) 児童が、養子斡旋機関により申請者の下に措置されているときは、この養子斡旋機関に、又は

(b) その他のときは、家庭のある地方を管轄する地方当局に与えられていたことを裁判所が確認するのでなければ、これをしてはならない。

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